麒麟がくる

徳川家康と織田信長の清洲同盟とは?二人の仲や関係性を家系図から解説!

2020年5月3日

戦国時代の三英傑と呼ばれる織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。

豊臣秀吉が織田信長の家臣であったことは多くの人が知っていると思いますが、意外と織田信長と徳川家康の関係についてはあまり知られていないのではないでしょうか?

この記事では、長らく続いた「清洲同盟」という同盟関係にあった織田信長と徳川家康の仲について解説しています。

 

徳川家康と織田信長の「清洲同盟」とは?結ばれた経緯や理由を解説!

徳川家康と織田信長の仲を象徴する「清洲同盟」について、この同盟が結ばれた経緯や理由について解説していきます。

1560年「桶狭間の戦い」の後の情勢を簡単に解説

1560年「桶狭間の戦い」で駿河の今川義元を討ち破った織田信長は、対立関係にあった斎藤龍興の美濃攻略を視野に入れます。

一方、徳川家康は今川方の武将として参戦していましたが、これを機に先祖が居城としていた岡崎城を取り戻し、独立して三河を治めるようになります。

なお、徳川家康は「桶狭間の戦い」の直後に自害しようとしていたという逸話もありますが、それについては下記の記事を御覧ください。

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また、ここでは簡単に解説しましたが、下記の記事ではさらに詳しく解説していますので、もっと知りたい人はこちらも参考にしてみて下さい。

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徳川家康と織田信長の「清洲同盟」が結ばれた経緯や理由を解説

上記の地図のとおり、尾張と三河は隣接する国でした。

「桶狭間の戦い」のあと、対立する斎藤龍興の美濃攻略に専念したい織田信長と、独立後に三河の支配を盤石にし、崩れかけている今川家の領土を手に入れたい徳川家康は、お互いに目的を達成する為にも「戦わない」ことが得策だと考えます。

以前から織田家と同盟関係にあった水野信元は、徳川家康の伯父(母・於大の方の兄)にあたる人物で、こうした両者の意向を汲み取って仲介をつとめ同盟を結ぶことを進言します。

ただ、織田家と徳川家の前身の松平家は、先代の織田信秀(信長の父)と松平清康・松平広忠親子(家康の祖父と父)の時代から激しく対立していた過去があり、すぐに締結というわけにはいきませんでした。

しかしながらお互いの利益を考えた末、「桶狭間の戦い」から2年後の1562年に両者は同盟を結ぶことにしたのです。

この時、徳川家康が当時の織田信長の居城であった清州城に訪問し、そこで同盟関係が成立したので「清洲同盟」と呼ばれるようになったのです。

 

 

徳川家康と織田信長は親戚関係の仲:家系図から解説!

ご紹介したように、「桶狭間の戦い」を境に織田信長と徳川家康は互いの利害が一致して「清洲同盟」を結びました。

戦国時代は、同盟や盟約を結んでも状況次第ですぐに破られるのが常でしたが、この二人の関係はその後10年近く保たれました。

このように、当初はしばらく良好だった織田信長と徳川家康の関係と、その変化をご紹介します。

徳川家康と織田信長は子供同士の結婚によって親戚関係に

「清洲同盟」を結んだ織田信長と徳川家康は、1567年にお互いの子供である松平信康と徳姫を結婚させ、両家は親戚関係となります。

戦国時代は関係を強化したい相手と、自身の家族同士を結婚させることで親戚関係を築くことはよくあることでした。

織田信長自身も、正室の帰蝶(濃姫)との結婚は父・信秀と斎藤道三の関係強化によるものですし、一方の徳川家康も、正室の築山殿(瀬名姫)は今川義元の親戚筋の人物で、今川義元が重要な家臣と位置づけていたことで結婚させたのです。

なお、当時松平信康と徳姫は、お互いまだ10歳にも満たない若さでした。

いかに織田信長と徳川家康が関係を強化したかったかが伺えますね。

ちなみに、松平信康の「信」の文字は、織田信長の偏諱の「信」を与えたものです。

※織田信長と正室の帰蝶(濃姫)との間に子供はいませんでした。このことから、織田信長と帰蝶(濃姫)は不仲だったのではないか?という説もありますが、それについては下記の記事でご紹介しています。

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子供夫婦の不仲によって徳川家康と織田信長は険悪な仲になった?

幼くして結婚した松平信康と徳姫ですが、のちに二人は不仲になり、夫の松平信康は徳姫に対して乱暴な扱いをしていたとされています。

また、今川家の血を引く築山殿は、織田信長の血を引く徳姫のことを憎んでおり、徳姫に対して嫌がらせをしていたとの噂もあります。

1579年、夫の松平信康と姑の築山殿から暴行や嫌がらせを受けた徳姫は、父の織田信長にそのことを訴えると同時に、「築山殿は敵対する武田家と通じている」と告発しました。

これを聞いて激怒した織田信長は、徳川家康に命じて二人を処刑するように詰め寄ると、徳川家康はその圧力に逆らえず、やむなく二人を処刑することを決めたのでした。

ただ、これらの事は後に徳川家康が幕府を開いてから書かれた「三河物語」による内容で、松平信康の処刑を織田信長の無慈悲な行動として片付けたかったのでは?実際は徳川家康と松平信康の親子関係がわるかったのではないか?という説もあります。

いずれにせよ、この頃にはこの悲劇がまかり通るように、徳川家康は織田信長の配下にあるような状態だったわけです。

同盟を結んだ当初の対等な関係は崩れ、二人の仲は距離ができつつあったのではないでしょうか。

 

 

「本能寺の変」の黒幕は徳川家康だった?

家臣の明智光秀の謀反によって織田信長が亡くなった「本能寺の変」は、日本の歴史でも最大級の謎といわれていますよね。

なぜ明智光秀は謀反を起こしたのか?実は黒幕がいたのではないか?などなど、真相がわからないことで様々な説が現在でも飛び交っています。

その中で、実は徳川家康が黒幕だったのではないか?という説もあるので参考までにご紹介します。

息子の松平信康を処刑に追いやった恨みがあった

さきほどご紹介したように、徳川家康の息子の松平信康は、織田信長の命令によって処刑させられてしまいました。

松平信康の処刑を命じたのが1579年で、その3年後の1582年に「本能寺の変」は起こっています。

用意周到に準備を進めるにはちょうどよい頃合いでもあります。

これらの状況を踏まえると、徳川家康は将来を期待していた嫡男の処刑を命じた織田信長を心底恨んでおり、裏で明智光秀を動かして織田信長を殺害させたのではないか?と考えられるわけです。

 

徳川家康に都合が悪い人物はタイミングよく亡くなる

もともと今川家に人質として長らく暮らしていた徳川家康は、「桶狭間の戦い」では今川方として参戦していました。

今川義元が討たれた時、徳川家康は大高城という城に待機しているところで、その後の戦乱からうまく免れたうえに、今川家に奪われた岡崎城を奪還しています。

さらにこの時、冒頭のほうでも触れましたが、徳川家康は自害しようと思い立つほど落胆したという逸話がありますが、これは「あまりに都合よく事が運んでいることをカモフラージュする作り話」とも言われており、実は織田信長と内通して今川義元を倒そうとしていたのでは?という噂があります。

また、これは先の話ですが、豊臣秀吉が亡くなった後にその後釜を虎視眈々と狙う徳川家康に対して、豊臣秀吉に可愛がられていた加藤清正は反抗姿勢をみせました。

ところが、この加藤清正は突如として謎の死を遂げてしまうのです。

このように、徳川家康にとって都合の悪い人物は、タイミングよく亡くなることがあり、そうした経緯から「本能寺の変」の黒幕も実は徳川家康なのではないか?という噂もあります。

ただし、これらは根拠となる史料があるわけではなく、あくまで状況からみて出来た噂話に過ぎませんのでご注意を。

 

さて、このブログでは大河ドラマ「麒麟がくる」の時代背景を取り上げた記事を掲載しています。

染谷将太演じる織田信長は、従来のイメージとは異なる人物像で話題になっていますが、はたして風間俊介演じる徳川家康とはどのような関係を築くのか楽しみですね。

他にも登場人物の関係性など、ドラマでは描ききれなかった裏側についても書いていますので、さらに深く楽しみたいと思った人はこちらも併せて読んでもらえると嬉しいですね。

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