麒麟がくる

織田信長と熱田神宮の壁の伝説や戦勝祈願にまつわる逸話を解説!桶狭間の戦いについても

2020年4月19日

織田信長というと、比叡山延暦寺の焼き討ちなどで「神や仏も怖れない」というイメージがありますよね。

でも戦いの前に戦勝祈願をするなど、実は神社にまつわる伝説や逸話がけっこうあります。

この記事では特に有名な熱田神宮との関係についてご紹介しています。

 

織田信長と熱田神宮にまつわる逸話について解説!

織田信長の父・信秀の頃から尾張の国の熱田を治めるようになり、その地にある熱田神宮は織田家にとってゆかりのある宮と言えます。

その熱田神宮とはどんなものなのか、簡単にご紹介します。

三種の神器「草薙剣」が収められた熱田神宮について解説

熱田神宮は、三種の神器「草薙剣くさなぎのつるぎ」を所持していたヤマトタケルが亡くなった後、妻の宮簀媛命みやずひめのみこと(美夜受比売)がこの「草薙剣」を奉納した神社で、伊勢の神宮についで格別に尊い宮とされています。

創祀はヤマトタケルの父・12代景行天皇の御代の西暦113年頃とされており、1900年以上の歴史を誇る由緒正しい神宮です。

相殿神として祀られるヤマトタケルは九州から関東まで平定した数々の武勇伝がある為、熱田神宮は武運を祈念するには最適の神宮と考えられます。

なお、ご祭神の熱田大神は「草薙剣」を御霊代みたましろとしてよらせられる天照大神のことです。

ちなみにヤマトタケルや「草薙剣」にまつわる神話(スサノオのヤマタノオロチ退治)については下記の記事で詳しく書いていますので、興味のある人はこちらもぜひ読んでみて下さい。

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父・信秀の死後、最初に今川義元と戦った「村木砦の戦い」の時にも必勝祈願

1551年に信長の父・信秀が亡くなると、隣接する三河の国を支配していた今川義元との争いが再燃します。

今川義元は尾張の国に侵攻し、信長側についていた水野信元の居城である緒川城を攻略するため、村木という場所に砦を築きました。

このことに危機に感じた信長は、緒川城を救うため居城の那古野城から出陣し、道中の熱田神宮で必勝祈願をして戦いに臨みました。

この戦いは「村木砦の戦い」と呼ばれ、信長が初めて実戦で鉄砲を使用した戦いとも言われており、それらのことは下記の記事でもご紹介しています。

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織田信長が「桶狭間の戦い」の前に熱田神宮で必勝祈願をして勝利後に壁を奉納した伝説を解説!

織田信長が今川義元を討ち取ったことで有名な「桶狭間の戦い」と、その戦いの前に必勝祈願をしたこと言われる熱田神宮についてご紹介します。

今川義元を倒した「桶狭間の戦い」について簡単に解説

信長の父・信秀が存命の頃から、尾張の隣国である三河を支配していた今川義元とは領土をめぐって対立し、激しく争っていました。

当時、今川義元は「海道一の弓取り」という異名を持つほど強大な勢力を誇っており、尾張の織田家は信秀の頃から徐々に劣勢に立たされていました。

その後、家督を継いだ信長の時代になってからは今川義元の尾張侵攻は激しくなり、前述の「村木砦の戦い」など一進一退の攻防が続きます。

1560年6月、ついに今川義元は自ら25,000人以上の大軍を率いて拠点の駿府から出陣し、尾張を目指して東海道を西へ進みました。

対する信長方はわずか2,500人程度とされ、兵数では10分の1にも満たない圧倒的不利な状況だったとされています。

しかしながら、少数精鋭の家臣によって今川義元を討ち取り、それに今川軍が戦意喪失したことで、この「桶狭間の戦い」は織田信長の勝利で終わったわけです。

 

「桶狭間の戦い」の戦勝祈願と信長塀の伝説について紹介

今川義元が尾張に向けて出陣し、すぐ側まで迫ってきているという知らせが飛び込んできますが、集まった家臣と世間話や雑談をするばかりで特別な指示はせず、簡単に軍議を終わらせてしまいます。

ところが、その翌日の午前3寺頃に信長側の鷲津や丸根の砦が襲われたという知らせを聞くと、信長は飛び起きて幸若舞「敦盛」を舞ったあとに居城の清洲城から出陣しました。

この時、信長とともに出陣したのはわずか5名の小姓衆だけだったそうです。

その後、ゆっくりと進み午前8寺頃に熱田神宮に到着すると、続々と集まった軍勢とともに必勝祈願を行いました。

熱田神宮には神兵がいるという言い伝えがあり、信長はこの神兵に援軍を依頼したという説もあります。

さて、信長が簡単に軍議を終わらせたのは、忠誠心が薄く裏切る可能性のある家臣に情報を漏らさない為で、信頼できる少数精鋭の家臣にはあらかじめ声をかけていたとも言われています。

その後「桶狭間の戦い」に勝利した織田信長は、熱田神宮に勝利のお礼として壁を奉納しました。

この壁は「信長塀」と呼ばれ、もともとは全長400メートルほどあったそうですが、当時のまま現存しているのは120メートルほどで、西宮神社の大練塀、三十三間堂の太閤塀、とともに日本三大土塀として有名です。

 

織田信長と神社にまつわる伝説や逸話・エピソードを紹介!

ご紹介した熱田神宮以外にも織田信長と神社にまつわる伝説や逸話・エピソードはけっこうあります。

その中からいくつかご紹介しましょう。

斎藤道三の孫・斎藤龍興と戦った際に戦勝祈願した手力男命神社の伝説

織田信長が斎藤龍興と争って美濃に攻め込んだ際、手力雄神社も焼き払おうとしたところ、突然不思議な風が吹き周辺は濃い霧に包まれました。

信長は目がくらんだり息が苦しくなって、手足の自由が奪われ落馬してしまいます。

この出来事に畏れ驚いた信長は、焼き討ちをしようとした罪を詫びて神社に参拝し、戦勝を祈願しました。

すると、瞬く間に霧が晴れて手足がもとどおり自由になったといわれています。

その後、信長は斎藤龍興の居城の稲葉山城を攻略し美濃を平定すると、戦勝のお礼として社殿の修造や神社周辺の広大な土地、約12.89k㎡を寄進しました。

その2 ヵ月後には、禁制を出して神社内での乱暴、放火、竹木の伐採を禁止して厚く保護しました。現在も、この辺りには竹林が多く残っています。

このエピソードから、手力雄神社は、勝運、開運のご利益があると言われています。

現在でも、信長が弓を掛けていたと伝わる古い桜の木「信長の弓掛桜」が残っています。

 

京都の朝廷を財政的に支えた織田信長を称え祀った建勲神社

戦国時代の激しい戦乱により、朝廷の権威も失墜して財政的に困窮しており、当時は京都にあった皇居も荒れ果てた状態でした。

そうした状況の中、正親町天皇の勅命で京都に上洛した信長は、皇居の修理や宮中が財政的に困らないように支援し、京都の復興に尽力しました。

明治時代になり、信長のこうした宮中支援の功績があらためて見直され、明治天皇によって信長を祀る神社を創立することになりました。

こうして造られたのが、信長を御祭神とする京都の建勲神社です。

なお、信長とは友好関係にあった朝廷ですが、実は公家の近衛前久が「本能寺の変」の黒幕だったという噂もあり、それについての記事も書いていますので興味のある人はこちらもどうぞ。

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大河ドラマ「麒麟がくる」で「桶狭間の戦い」はどのように描かれるか?

「桶狭間の戦い」は、織田信長が圧倒的に不利な状況にありながらも、奇襲によって今川義元を討ち取った奇跡のような戦いというイメージがありますよね。

ただ、実際は用意周到に計画された戦いで、奇襲というわけではなかったという見方もあります。

大河ドラマ「麒麟がくる」では、従来の織田信長像とは違う印象で描かれており、謀反人のイメージが強い明智光秀が主人公であることからも、固定観念にとらわれないシナリオになっています。

こうした固定観念にとらわれない「麒麟がくる」では、いったいどのように「桶狭間の戦い」が描かれるのかも見どころと言えるのではないでしょうか。

染谷将太演じる織田信長と片岡愛之助演じる今川義元の対決が楽しみですね。

ちなみに、過去の大河ドラマで「桶狭間の戦い」が描かれた作品をまとめましたので、「麒麟がくる」と比較してみると面白いと思います。

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さて、このブログでは他にも大河ドラマ「麒麟がくる」の時代背景を取り上げた記事を掲載しています。

登場人物の関係性など、ドラマでは描ききれなかった裏側についても書いていますので、さらに深く楽しみたいと思った人はこちらも併せて読んでもらえると嬉しいですね。

↓大河ドラマ「麒麟がくる」にまつわる特集はコチラ↓

また、「麒麟がくる」をより楽しむ為に明智光秀が主人公の漫画やドラマ・アニメ作品をまとめましたので、様々な角度から明智光秀という人物を知ると面白いと思います。

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