戦国時代

森蘭丸(成利)は何者か家系図から解説!織田信長の小姓の仕事内容や家族の経歴についても

2020年7月18日

引用:Wikipedia

森蘭丸(成利)は織田信長の小姓として活躍し、ドラマなどの影響で「本能寺の変」で織田信長とともに亡くなった美少年というイメージが強いですよね。

ところで、森蘭丸が務めていた小姓とは一体どんな仕事内容でだったのか?

また、そもそも若くして織田信長に仕えた森蘭丸とは一体何者だったのか?

この記事では、詳しくは知られていない森蘭丸とはどんな人物だったのか解説しています。

 

森蘭丸の家族(父や兄弟)構成を家系図から紹介

さて、森蘭丸は若くして織田信長に仕えていましたが、その家族も織田信長に仕え大きな活躍をしていました。

まずはその家族についてご紹介しましょう。

信長に古くから仕えた父・森可成よしなり

森蘭丸は父・可成とえい(妙向尼)の3男として永禄8年(1565年)に生まれました。

父・可成はもともと美濃の土岐氏に仕えていましたが、斎藤道三の下剋上によって乗っ取られると、尾張の織田信長のもとに仕えるようになりました。

森可成は信長がまだ尾張国内で弟の信勝(信行)らと覇権を争っていた頃から仕えていて、槍の名手として「攻めの三左」と言われるほどの活躍を見せていました。

森可成は戦いの中で討ち死にしてしまいますが、信長は悲しみと怒りのあまりとんでもない行動にでます。

そのとんでもない行動については下記の記事でご紹介していますので、こちらもぜひ読んでみて下さい。

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武田攻めで武功を上げた「鬼武蔵」こと兄・森長可ながよし

森可成の次男で蘭丸のすぐ上の兄であった長可は、数々の合戦に参戦し「鬼武蔵」と恐れられるほどの人物でした。

「人間無骨」という銘が彫られた槍を所持しており、これは「人間の骨など無いも同然」という鋭い突き味から命名されたもので、長可の武辺者の片鱗が垣間見えます。

特に、天正10年(1582年)の武田攻めにおいては、先鋒隊の将として参戦し大きな活躍をみせ、これにより信長の宿願だった武田家滅亡に貢献しました。

ちなみに、この武田攻めの功績により長可は信濃四郡と海津城を与えられ拠点を移したことで、それまで長可がいた美濃金山及び米田島を蘭丸が譲り受けました。

なお、森蘭丸には多くの兄妹がいましたが、長兄の森可隆は合戦で討ち死にし、弟の坊丸と力丸も「本能寺の変」で討ち死にしています。

すぐ上の兄で数々の武勇伝もある「鬼武蔵」こと森長可については下記の記事でご紹介しています。

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織田信長の小姓としての仕事内容や経歴を解説!

それでは森蘭丸は織田信長のもとで実際にどんな仕事をしていたのか、その内容や経歴をご紹介していきましょう。

小姓とはどんな仕事内容なのか解説

小姓とは主人の身の回りの世話をしたり、来客の際の取次をするなど秘書のような存在でした。

織田信長は寺社や公家の人物とも交流があり、贈答品が届くと信長に代わって礼状を出すなどの仕事もしていたようです。

また、信長の意思を伝える役割もあった為、当然ながら政治や軍事などにも精通していなければ務まりません。

このように、小姓とは現代の会社組織では総務のような仕事も行っていたわけですね。

あまり目立ちはしませんが、組織においてはなくてはならない重要な仕事を担っていたといえますね。

また、主人との間に衆道関係(男色:BL)にあった場合もあり、それは戦場で女性がいない為に性欲を発散させる為の手段だったとされています。

ちなみに、前田利家も幼少期に織田信長の小姓を務めており、信長と衆道関係にあったことを自慢して、周りの人から羨ましがられたという逸話もあります。

 

織田信長に仕え始めた時期や経歴を解説

森蘭丸が織田信長の小姓として仕え始めた時期は、史料に名前が載り始めた天正7年(1579年)頃と考えられ、当時の蘭丸は15歳頃のことです。

「本能寺の変」が起こったのが天正10年(1582年)なので、森蘭丸が織田信長に仕えていたのは晩年の約3年ほどの間だったわけですね。

それでは実際にどんな仕事をしていたのか、史料に書かれていることを列挙してご紹介しましょう。

  • 天正7年4月8日 塩河長満褒章の使者として摂津に遣わされる(信長公記)
  • 天正8年8月13日 信長を訪れた吉田兼見の贈物を披露する(兼見卿記)
  • 天正9年2月25日 吉田兼見の訪問を受け、贈品を受ける(兼見卿記)
  • 天正9年7月25日 安土にて信長よりの贈品である脇差を信忠、信雄、信孝に渡す(信長公記)
  • 天正10年1月26日 信長の使いとして岐阜へ行き、信忠に土蔵の中の鳥目を伊勢神宮に寄進すべきことを伝える(信長公記)
  • 天正10年2月8日 信長の使いとして斎藤六太夫を賞し小袖と馬を与える(信長公記)
  • 天正10年3月20日 信長の使いとして小笠原信嶺の知行を安堵する(信長公記)
  • 天正10年3月23日 吉田兼見より物を贈られる(兼見卿記)
  • 天正10年5月19日 信長の使いとして幸若大夫を褒す(信長公記)
  • 天正10年5月27日 京にいる信忠より、信長の上洛を京にて待つと伝えられる(小畠文書)

こうしてみると、森蘭丸は使者として各地へと飛び回り、多くの人物と信長との間の伝令役としても活躍していたのがわかりますね。

現代の高校生と同じくらいの年齢でこの役割を果たしていたのですから、森蘭丸がいかに賢い人物だったかがわかりますね。

 

 

まとめ

  • 森蘭丸は森長可とえい(妙向尼)の間に3男として生まれる。
  • 父・可成と兄・長可も織田信長に仕え合戦で大きな活躍をみせた。
  • 森蘭丸は天正7年(1579年)頃に15歳頃で織田信長の小姓として仕え始めた。
  • 主に信長の使いとして各地へ飛び回り、信長と諸将との間をつなぐ役割を果たした。

 

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