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日露戦争の奉天会戦の日本の勝因は秋山好古の機関銃攻撃!地図でその戦いを解説!

2020年7月4日

1904年に始まった日露戦争は、国力の差で圧倒的に不利と思われていた日本が、大国のロシアに勝利した歴史的な戦争として有名ですね。

なぜ当時の日本がロシアに勝てたのか?それには様々な要因がありますが、その一つには奉天会戦という戦いにおいて騎兵隊を率いていた秋山好古の活躍が挙げられます。

奉天会戦は日露戦争での日本の勝利を決定づける戦いとも言われますが、はたして秋山好古はどんな活躍をみせたのでしょうか。

 

日露戦争の奉天会戦とはどんな戦いか簡単に解説

まずは日露戦争の「奉天会戦」とはどんな戦いだったのか、場所やそれまでの経緯をご紹介します。

奉天の場所を地図で確認

奉天会戦の戦場となった場所は、清の奉天(現在の中国のシェンヤン)で、現在の人口は800万人以上の大都市で当時も繁栄した都市のひとつでした。

しかし、この奉天は清の領土であるものの、南下政策を推し進めるロシアによって支配され、実質的にはロシアの領土の一部のような状態でした。

ロシアはこの奉天を抑えることで、さらなる南下政策の為の重要な拠点とし、朝鮮半島および日本列島進出も視野に入れていたわけですね。

 

奉天会戦とはどんな戦いかそれまでの経緯など簡単に解説

そもそも日露戦争の発端は、こうしたロシアの南下政策により危機感を抱いた日本が、これ以上の南下政策をやめるよう交渉したものの、それをロシアが拒否したことによります。

これにより、これ以上のロシアの侵略を止めるために日本軍は満州に渡り、現地のロシア軍と戦いが始まったのです。

日本はまずロシアの旅順艦隊を封じるために、ロシアが築いた旅順要塞の攻略に乗り出します。

この旅順攻囲戦は、203高地での戦いなど半年にも及ぶ激戦の末、日本は甚大な被害を受けながらも勝利を収めます。

ここで日本は、さらに有利な状況に立ったうえで早期の講和に持ち込みたいと考え、旅順から北上して満州におけるロシアの重要拠点の奉天攻略に向かったのです。

これまで旅順攻囲戦などの激戦で多くの犠牲者を出し、戦力もそうとう落ち込むなかでのこの決断は一か八かの賭けのようなものでした。

当時の陸軍元帥の大山いわおは、この奉天会戦を「日露戦争の関ヶ原」とし、日本の行く末を分ける天下分け目の戦いと位置づけました。

その後、旅順から北上を続ける日本軍とロシア軍はにらみ合いを続け、1905年の1月頃から各地で徐々に戦闘が始まります。

これがいわゆる「奉天会戦」と呼ばれる戦いで、同年3月10日に日本が奉天を占領したことで勝利を収めて終結しました。

こうしてロシアの重要拠点の奉天を抑えたことで、日本はロシアに対して有利な状況を作った為、日露戦争における陸上での戦いはこれで終りとなりました。

言わば、「奉天会戦」での日本の勝利は、日露戦争の日本の勝利を決定づけたと言えるわけです。

 

 

奉天会戦の日本の勝因は秋山好古の騎兵隊による機関銃攻撃

それでは、日露戦争での日本の勝利を決定づけた「奉天会戦」で、その大きな勝因となった秋山好古の活躍についてご紹介していきましょう。

奉天会戦を勝利に導いた秋山好古とはどんな人物か簡単に解説

秋山好古は1859年に現在の愛媛県松山市に下級武士の三男として生まれ、大阪の師範学校を卒業後は現在の愛知県で教職に就きました。

その後教職を辞し、陸軍士官学校を経て陸軍の騎兵隊として1879年に東京鎮台に配属されました。

その後、陸軍騎兵隊でキャリアを積み、1894年に始まった日清戦争にも参戦しています。

日清戦争後も陸軍騎兵実施学校長に就任するなど、騎兵隊の第一人者としての地位につきました。

そして日露戦争時は騎兵第一旅団長として出征し、この「奉天会戦」などでは秋山支隊を率いて大きな活躍をみせました。

こうした騎兵隊での活躍により、のちに「日本騎兵の父」と呼ばれるようになります。

なお、弟の秋山真之は海軍の参謀として、歴史的大勝をはたした「日本海海戦」で大きな功績を残しています。

ちなみに陸軍の兄・好古と海軍の弟・真之の秋山兄弟を主役として描いたのが司馬遼太郎の「坂の上の雲」です。

 

奉天会戦の秋山好古の活躍を解説

日露戦争当時、陸上での戦いのは機動力のある騎兵隊が花形でした。

とりわけロシアの騎兵隊はコサック騎兵と呼ばれ、世界屈指の騎兵隊とも言われる存在だったのです。

一方、日本は騎兵隊の歴史も浅く、他の欧米列強国と比較するとまったく歯が立たないと思われていました。

それは騎兵隊の第一人者である秋山好古も感じていて、普通に戦ったのではまず勝ち目はないと思っていたそうです。

そこで秋山好古は、コサック騎兵が現れたら自軍は馬から降り、ただちに銃で馬ごと薙ぎ払ってしまおうという作戦にでます。

これは騎兵隊の存在理由を根本から否定するもので、騎兵隊の人間には到底考えつかない作戦で、言わば逆転の発想で戦いに挑んだわけです。

さらに、当時ヨーロッパで開発されたばかりで、まだその威力は未知数とされていた機関銃を使い、ことごとく相手のコサック騎兵を倒していきました。

逆転の発想で機関銃を使った秋山支隊はロシアにとって大きな脅威を与えたのです。

それがロシア側の指揮官・クロパトキンを錯乱させ、秋山支隊が陽動作戦を始めると、クロパトキンは恐れをなして奉天から全軍撤退を指示したのです。

これにより、日本は奉天を占領することに成功し、ここに奉天会戦は勝利を飾ることができたのです。

つまり、秋山好古の大胆な作戦が功を奏し、ロシアの司令官クロパトキンを心理的に追い込んだことが「奉天会戦」の大きな勝因とも言えるのです。

このことは、これまでの騎兵隊を主力として捉えていた世界中の陸戦のあり方をガラリと変え、以後は世界の戦争で騎兵隊は姿を消していきました。

遅れていた日本の騎兵隊が、先頭を行く世界の騎兵隊の存在を消した瞬間です。

 

 

まとめ

  • 奉天会戦は「日露戦争の関ヶ原」として日本の運命を左右する戦い。
  • 奉天会戦での勝利は、日露戦争の日本の勝利を決定づけた。
  • 奉天会戦では、騎兵隊の秋山好古の活躍が大きな勝因。
  • 秋山好古の作戦は、騎兵隊の存在理由を否定する逆転の発想によるもの。
  • 秋山好古の作戦は、未知数だった機関銃の仕様が大きな鍵を握っていた。

 

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