天皇記

乙巳の変と大化の改新の違いを簡単に解説!なぜ教科書の年号が変わったのか理由についても

2020年3月5日

「大化の改新」といえば「蒸しご飯(645年)でお祝い」などの語呂合わせで覚えた人も多いでしょう。

しかし、今の歴史の教科書では「大化の改新」の年号は646年とされ、かわりに「乙巳の変(いっしのへん)」というものが645年に起こったとなっています。

中高生のお子さんを持つお父さんお母さんにとって、あまり馴染みのない「乙巳の変」とは何なのか?ということや「大化の改新」との違いを簡単に解説しています。

 

乙巳の変(いっしのへん)とは何か?大化の改新との違いを簡単に解説!

「大化の改新」はわかるけど、「乙巳の変」という語句は聞いたことがないという人も多いでしょう。

そもそも「乙巳の変」とは何なのか?「大化の改新」とはどう違うのかを簡単に解説します。

違いは「乙巳の変」はクーデター:「大化の改新」は制度・政策の改革

「乙巳の変」というのは、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を打ち破ったクーデターのことを指します。

一方「大化の改新」は、そのクーデター後に中大兄皇子と中臣鎌足が行った制度や政策の改革のことを指します。

昔の教科書では、クーデターとその後の改革をひとつにまとめて「大化の改新」としていましたが、あくまでも制度や政策の改革のことを指すものであるとして、クーデターである「乙巳の変」とは区別するようになりました。

確かに「大化の改新」=「クーデター」というイメージが強く残ってしまい、肝心の改革の内容は記憶の外に置かれてしまいがちなので、分けて考える必要性があったのかもしれません。

 

現在の歴史教科書の「大化の改新」の年号が646年としている理由を簡単に解説

中大兄皇子と中臣鎌足による「乙巳の変」が起こったのが645年で、その年には新天皇である孝徳天皇を擁立して、日本で初めての「大化」という元号も導入しました。

ですが、冒頭でもお伝えしたように、現在の教科書では「大化の改新」の年号は646年となっています。

なぜかというと、その理由は4カ条からなる「改新の詔(みことのり)」が出されたのが646年(大化2年)の正月だからです。

正式な改革の年号を採用しているわけですね。

 

 

中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を殺したクーデター「乙巳の変」はなぜ起きたのか?その理由を解説!

さて、中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我入鹿を殺害したクーデター「乙巳の変」はなぜ起きたのか?

その理由を簡単に解説していきます。

第33代推古天皇の後継者争いで蘇我氏と聖徳太子の子供・山背大兄王が対立

聖徳太子が亡くなった後、その6年後には推古天皇も崩御します。

推古天皇は聖徳太子の子である山背大兄王(やましろのおおえのみこ)と田村皇子(たむらのみこ)に遺言を残しますが、どちらが後継者となるかは明言していませんでした。

その為、山背大兄王を推す境部摩理勢(さかいべのまりせ)と田村皇子を推す蘇我蝦夷(そがのえみし)で後継者争いがおこります。

そして蘇我蝦夷が兵をあげて境部摩理勢を自害に追い込み、その結果次の天皇には田村皇子が舒明(じょめい)天皇として即位します。

これが遺恨となって、蘇我蝦夷と山背大兄王は深刻な対立関係になります。

舒明天皇の跡を継いだ女性の皇極天皇が即位すると、蘇我蝦夷と入鹿の親子は権力を我が物のようにし、天皇が行う雨乞いの儀式を無断で行ったり、勝手に入鹿に大臣の地位を譲るなど、横暴ぶりが目に余るようになります。

そして、ついには対立していた山背大兄王を襲撃し、最後には自害に追いやってしまったのです。

 

乙巳の変が起きた理由は蘇我入鹿に反感を抱いた貴族の反感

蘇我蝦夷・蘇我入鹿親子の横暴ぶりには多くの貴族が不満を抱いていました。

とりわけ聖徳太子の子供である山背大兄王は信頼が厚く、多くの人に親しまれていたので、襲撃され自害に追いやられてしまったことで、人々の怒りは最高潮に達していました。

そうした人々の不満を汲み取り、当時は中級豪族であった中臣鎌足が、有力な皇位継承者候補であった中大兄皇子を誘い、蘇我入鹿暗殺を計画します。

これが乙巳の変が起きた大きな理由です。

 

乙巳の変が決行された日にちは645年6月12日の雨の日

中大兄皇子と中臣鎌足は蘇我一族の石川麻呂や有力な豪族を味方につけ、朝鮮から使者がやって来る日を暗殺の実行日と定めました。

そして645年6月12日の当日、皇極天皇は大極殿に入り儀式が始まると、石川麻呂が上奏文を読み上げるのを合図に全員で斬りかかることになっていましたが、蘇我入鹿の威圧感に気圧されて誰も動けずにいました。

そこで、見かねた中大兄皇子が自ら蘇我入鹿に斬りかかり、その首を刎ねて殺害しました。

そしてその首は雨に濡れた庭先へと飛んでいったといいます。

 

 

「大化の改新」につながる「乙巳の変」で倒れた人物の蘇我入鹿の首にまつわるエピソードを紹介

「乙巳の変」の中心的な人物の中臣鎌足を祭神とする談山神社所蔵の『多武峯縁起絵巻』には、刎ねた蘇我入鹿の首が、当時の皇極天皇と彼らを隔てる御簾に飛びかかろうとしている様に描かれています。

殺害された蘇我入鹿の怨念はすさまじく、刎ねられた蘇我入鹿の首は執拗に中臣鎌足を追い回したという伝説があります。

中臣鎌足は首から逃れるため多武峰方面へ逃げて都倭既(きつわき・けつわき)神社へ至り、「茂古(もうこ)の森」へ隠れたといいます。

これは「ここまでくれば“もう来ぬ”だろう」という中臣鎌足のつぶやきが名前の由来となっているそうです。

また、斬られた蘇我入鹿の首は、舞台となった飛鳥板蓋宮から数百メートル離れた場所まで飛んでいったとされ、そこには蘇我入鹿の怨念をいさめる為の首塚が現在も残されています。

このように、「乙巳の変」で倒れた人物である蘇我入鹿は、その怨念の恐ろしさから斬られた首にまつわるエピソードが残されています。

 

 

「大化の改新」と「乙巳の変」の違いのまとめ

かつては645年に起こった朝廷内のクーデターのことを「大化の改新」とした覚えたも多いでしょうが、現在の教科書ではクーデターのことを「乙巳の変」と呼び、それによって行われた政策改革を「大化の改新」と呼ぶことにしているわけですね。

このように、時代の移り変わりにより、歴史の教科書も年号が新たな考え方のもと、語句が変わったり年号がかわっていることがけっこうあります。

例えば「イイクニ(1192年)作ろう鎌倉幕府」も現在の教科書では「イイハコ(1185年)作ろう鎌倉幕府」と教わるそうです。

特に中高生のお子さんをもつお父さんお母さんは、自分達が習った事と子供たちが習うことは違いがあって驚くと思うので、お子さんがどんな勉強をしているのか知っておくといいかもしれませんね。

歴史の教科書で変わった内容をまとめましたので、こちらの記事も参考にしてみて下さい。

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